2024年1月の記事一覧
3学期 始業式
2024年が始まりました。
今年もよろしくお願いいたします。
以下、校長講和です。
新たな年を迎え、みなさんの気持ちはいかがでしょうか。
新年早々に大きな災害や事故が発生し、穏やかに新年を迎えられなかった人もいると思います。また、被災地に、家族や知人がおられる人は特に心配や不安が大きいものと察します。
私自身も、被災地のことを思うと何か気持ちが晴れない状況が続いていますが、今年が終わるときには、良い年にできたと思えるように、この一年を送りたいと考えているところです。
本日、3学期の始業式ですが、3学期は、1年のまとめの学期です。しっかりと取り組み、卒業、進級が果たせるように一人ひとりの努力を期待しています。
さて、今年度の初め、1学期の始業式で、本校の目指す学校像について話をしました。また、2学期の終業式では、生徒の皆さんに身につけていただきたい力である、自ら律する力の一つである、「前に踏み出す力」の話をいたしました。再度確認をしますが、本校の目指す学校像は「いのちとみどりを育む学び舎で、自ら律する力と、誠実な態度を身に付け、社会に貢献する人材を育成する」です。これは、農業高校である本校の学習をとおして、校訓である、理想・誠実・勤労+自律する力を身に付け社会に貢献してほしいという思いで、作成したものです。将来、社会の一員として世の中のために役に立っていただきたいということです。
そこで、本日は、目指す学校像の目標である「社会への貢献」について、話をしたいと思います。仕事をとおして社会に貢献する人、ボランティアで貢献する人など社会への貢献の仕方は様々です。具体的に社会への貢献の仕方を考える機会の一つが、就職試験です。就職試験に臨む際に、志望理由の一つとして、社会への貢献をアピールする人が多くいます。企業は、利益を上げることを目的としていますが、近年では、CSR活動が重要視されています。CSRとは、企業の社会的責任のことで、企業の活動が、消費者や従業員、株主や地域社会、環境などに配慮し責任を持つべきであるという考え方です。就職先を選ぶ際に、その企業がどのように社会的責任をはたしているのかを調べ、その企業に就職したら、自分自身が仕事をとおしてどのように社会に貢献したいかということが、その企業への志願理由にもなります。また、就職先で働く、よりどころになると思います。就職が決まった、3年生のみなさんは、自身の就職先でどのような社会への貢献ができるか考えてみてください。きっと仕事への遣り甲斐が高まると思います。また、進学する3年生のみなさんや、1、2年生のみなさんは、いずれ就職する際の判断の一つとして、社会への貢献について考えてみてください。
今回は、社会に大きな貢献を果たすとともに、亡くなってからもなお、埼玉県の学生の支えとなっている、地元久喜市出身の本多静六を紹介したいと思います。
本多静六は、1866年に現在の久喜市菖蒲町に生まれました。 明治32年1899年に日本で初めての林学博士の学位を取得し、東京帝国大学農学部の教授となり、明治・大正・昭和にかけて、日本を代表する林学の専門家として活躍しました。また、日本の造園学の基礎を築いたことでも知られ、全国各地の公園の設計を手掛け、「日本の公園の父」とも呼ばれています。特に有名なのが、日比谷公園と明治神宮の森を設計したことです。
本多静六は、村役人を勤める裕福な農家に生まれましたが、9歳のときに父が亡くなり、生活が困窮し、学校の傍ら、家業の農作業を手伝うようになりました。14歳のころ家族の反対にあいながらも上京し、元岩槻藩士で、大蔵省の役人であった島村泰(しまむら やすし)の家に住み込み、家事を手伝いながら勉強をしたそうです。春から秋の農繁期には実家に帰って、農作業を手伝うなど、わずかな時間を見つけて勉強に励みました。
明治17年(1884年)17歳のときに、島村先生と家族からの理解を得て、現在の東京大学農学部の前身である東京山林学校に入学しました。東京山林学校に入学した静六でしたが、成績はほぼ最下位で、一学期の期末試験で落第(単位不認定)となってしまそうです。成績不振と落第を苦にしていましたが、島村先生に許されたことで、奮起し勉強に集中し、1年後には首席(一番)となるまで成績が上がりました。
卒業後は、ドイツへの留学で、森林や造林の効用が木材生産だけではなく、保安、景色などの面でも人間に利益をもたらすことや、林業が国の財政に深くかかわることを学びました。
帰国後、32歳で日本初の林学博士の学位を取得し、母校の教授となって、林学の研究と後進の指導にあたることとなりました。
みなさんが知っている、明治神宮の森は、「天然更新」という手法を使い、人間の手をかけなくても、自然の力だけで木々が世代交代を繰り返し、永続的に維持される森にする手法です。150年先に自然の森と変わらない姿までに成長させようとしたものです。明治神宮が造営されて、100年が経過した今、私たちが目にする明治神宮の森は、天然の森とほぼ同じ姿になっています。
本多静六の社会への貢献はこのような公園などの設計を行っただけではなく、生涯を通じて360冊の著書を世に送り出すとともに、「ツモリ貯金」と言って、洋服や家具など、ほしいものがあったら、それを買ったつもりになり、貯金し、貯金がたまると、そのお金で山林や株を買い、資産を増やしていきました。増やした資産をどうしたかというと、最終的には、その資産のほとんどを社会に還元すべく、様々な公共機関に寄付をしたそうです。自分自身が貧しく苦労したことから、次世代を担う若い人を対象にいくつかの育英事業を始めています。現在も続いている本多静六博士奨学金制度は、昭和28年、埼玉県で制定され、昭和29年から埼玉県民の学生向けに貸与が始まった奨学金制度です。この奨学金の原資となるのが、静六が埼玉県に寄付した山林の収益が使われています。静六は、山林を寄付するにあたり、木材の売却などで得られた収益を埼玉県民で苦学している学生向けの奨学金に充てることと、奥秩父地域の景勝地保護や林道整備の費用として充てることを条件としました。
静六の残した言葉に「人生、すなわち、努力、努力すなわち幸福」というものがあります。人生は努力であり、努力は幸福を生むという言葉は、まさに努力の人であり、社会に大きな貢献をした静六自身の生き方を物語るものだと思います。静六は、家庭が困窮する中で、苦学して身を立てた人物です。また、はじめから勉強が好きで、勉強ができる天才的な人でもありませんでした。そうした、世の中の誰であっても、努力を積み重ねることによって成長し、道が開け、自分の望み通りに生きることができることを、身をもって示したものです。どのような境遇にあっても、自分自身が全力で努力し、努力を怠らないこと、そして自分の将来は自分自身で切り拓いていくことこそ、静六が自身の体験に基づき人々に伝えたかったことだと思います。
1年の始まりです。自分自身の夢や目標を描きつつ、夢や目標がどのように社会貢献につながるかを想像してみてください。自分自身の夢や目標を実現するモチベーションになると思います。
これからの人生、みなさんが夢や目標を叶える際、たくさんの困難や苦労があるかもしれません、その際に地元の偉人である本多静六のことを思い出し、努力を積み重ねていただければと思います。夢や目標を叶えるためには「努力+継続」が重要な要因であり、社会への貢献がモチベーションを高めることになると思います。ぜひ、みなさんの夢や目標が叶えられるよう、皆さんの奮起を期待します。
最後に、3学期は、寒さが厳しくなり、インフルエンザや新型コロナウイルスが蔓延しやすい季節です。基本的な感染対策を徹底するとともに、体調管理に十分注意し1年のまとめの学期を充実させてください。
出典:埼玉県HP 本田清六博士~日本の緑を育てた埼玉の偉人~